『天才を育てた女房』の岡潔の天才ぶりを示す逸話がすご過ぎ

数学は好きですか?

こう聞くと、「難しい、とか、嫌い、いや」という人も多いのでは?

確かに、数学には難しいイメージがつきまといます。

日本人の数学離れが激しいとも、よく言われていますが…。

 

でも、日本の数学レベルは非常に高いのです。

だから、そんなに気にすることないよ!

って言いたいのですが、やはり難しいからこそなのか、数学に苦手意識を持ってしまう人も多いですよね…

 

そんな数学の分野で、世界的に称賛を浴びた日本人がいるのを知っていますか。

その人とは、数学者の岡 潔さん。

岡さんは、世界中の誰もが解決できなかった多変数複素函数論を解明しました。

 

え、多変数複素函数論って何か――って?

そんな疑問をもつあなたのために、調べてみました!

……でも、よく分かりませんでした。

 

なので、数学理論についてはさておき(笑)、ご紹介したいことがあります。

そんな世界的な数学者岡 潔さんの生涯が、2018年2月23日(金)21時放送の『金曜ロードSHOW!』にてドラマになります!

今回は、よりドラマが面白く見られるよう、放送に先駆けてその彼の天才ぶりがよく分かる略歴やエピソードを紹介したいと思います。

 

よろしくお願いします!

 

 

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岡潔さん略歴は?

 

岡潔さんは1901年4月19日に大阪府大阪市で生まれました。

その後、岡山に移り住みますが、「和歌山県立粉河中学校」の3年生の時に、「クリフォードの定理」を知ったことで数学に興味をもつようになります。

なんと、2か月間ずっとその問題に取り組み続けていたとか。

 

1925年に京都帝国大学 (現在の京都大学) 理学部を卒業。

それと同時に、同大学講師に就任し、研究者としての道を歩み始めます。

1929年には、助教授 (現在の准教授) 就任し、フランスの「ソルボンヌ大学ポアンカレ研究所」へ留学します。

 

この留学先にて、生涯の研究テーマとなる多変数複素函数論に出逢いました。

しかし、この留学の期間に一切、研究論文など成果は出さなかったといいます。

 

1932年には留学を終え、広島文理科大学に。

しかし、心身の不調をきたし、ある事件を起こして休職のち退職してしまいます。

それから郷里に戻り、孤高の研究生活に身を投じますが、1941年より復職し、北海道帝国大学理学部奈良女子大学京都大学理学部京都産業大学で教員を歴任しました (奈良女子大学では名誉教授に任命) 。

輝かしい大学での経歴の割に、基本的に精神的な不安定さから生活は安定しなかったようです。

 

しかし、彼の研究業績は高く評価されて、日本学士院賞文化勲章奈良市名誉市民勲一等瑞宝章従三位など数々の賞を受賞しています。

また、その研究業績は、湯川秀樹氏朝永振一郎氏広中平祐氏など、後の数学・物理学研究者に多大な影響を与えています。

 

 

 

さて、ここからはそんな岡 潔さんの天才ぶりを現すような、常人離れしたエピソードをご紹介します。

 

 

岡潔の天才さを物語るエピソード①
~変わった行動の数々~

よく天才と呼ばれる人は、常人とはまったく違った思考回路をもっていると言われます。

それを現すエピソードとしてよく用いられるのが変わった行動、つまり世間離れした言動です。

 

 

そのような人物像として、モーツァルトなどがよく取り沙汰されますが、岡さんも漏れず変わった人だったようです。

 

 

「夏でも長靴を履いていた。暑いので冷蔵庫で長靴を冷やすのが好きだった」

「3年間1度も歯を磨かなかった」

「外にいる時に良いアイディアが思い浮かぶと、石や木で道端に数式を書いて計算を始めた。長い時では2時間ぐらい道端で計算し続けた」

「出勤の道中にある地蔵の前で石を投げた。地蔵に石が当たると講義をするが、当たらないとそのまま帰宅した」

などなどの変わった人柄で知られていたようです。

 

 

また、先ほど、広島文理科大学在籍中にある事件を起こしたと書きましたが、その事件の内容とは、「帰宅中の修道中学の夜学生たちを襲い、帽子や靴、書籍や自転車などを奪い、それから山の笹原に寝そべって一夜を明かした」というもの。

行為自体とんでもないですが、学校の教員という立場の人がこんな行動を起こしては、余計に問題視されるのは当然ですよね。

 

 

ただ、そのような行動の背景には、躁うつ病 (現在の双極性障がい) の要素もあったという説もあります。

現に、上記の事件の後、岡さんは起訴されず、「心身の不調」という理由で休職・療養という措置をとられています。

実際、岡さんは日記の中で、今日は上がり調子、下がりの調子、といった日々の精神状態の記録を残しているそうです。

 

なぜ病気になってしまったのか。

研究に没頭するあまり、精神を病んでしまったのかも知れません。

 

そう考えると、病気になってしまったことも、天才の証といえる……かも?

 

 

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天才さを物語るエピソード②
~岡潔は何人もいた?その驚くべき業績と情熱~

岡潔さんは生涯に10本の論文を書きました。

これは数学者としてもすごく少ない数だそうです。

でも、その10本すべて珠玉の名作と言われているそうです。

 

でも、そのものすごい業績から、西欧の数学界ではそれがたった一人の数学者によるものとは当初信じられず、「岡潔」というのは、数学者集団によるペンネームであろうと思われていたそうです。

 

それだけの研究をたった10本の論文でまとめ上げたということなんですね。

また、そんな岡さんの業績の中で、もっとも名誉のある多変数複素函数論の課題については、当時世界中の誰も解けなかった難問だったといいます。

 

岡さんは、昼夜問わずこの課題に挑み続け、ある日突然のひらめきから「上空移行の原理」というものを発見。

しかし、そこで終わりではなく、そこから20年以上かけて多変数複素函数論の未解決の課題を解決したといいます。

 

その損得勘定抜きの研究への情熱と努力も天才的です。

ものすごい才覚あふれた人だったことがうかがえますね。

 

 

天才さを物語るエピソード③
~珠玉の思想~

岡 潔さんの天才ぶりは、数学ばかりに発揮されたのではありません。

彼は、卓越した文化的思想の持ち主でもありました。

 

「いま,たくましさはわかっても、人の心のかなしみがわかる青年がどれだけあるだろうか。人の心を知らなければ、物事をやる場合、緻密さがなく粗雑になる。粗雑というのは対象をちっとも見ないで観念的にものをいっているだけということ、つまり対象への細かい心配りがないということだから、緻密さが欠けるのは一切のものが欠けるということに他ならない」

これは彼の語った、文化論のひとつです。

 

「人としての心配りこそが大切なのだ」

という想いがとてもあふれた言葉ですね。

 

また、晩年の主張では、「超高次元の理想である“真善美妙”を大切にせよ」と理想を語りました。

 

真善美妙とは、真 (知) 、善 (意) 、美 (情) を妙が統括することで「智」が働くという考えです。

中でも、日本人の根本は情であるとし、情操・情緒を大切にすべきだという言葉も残しています。

 

岡 潔さんは仏教に強い影響を受けていたそうです。

彼の仏教観と自身の研究に対する姿勢が相まって、このような素晴らしい思想に至ったとも考えらえます。

 

文化や情緒を大切にするというのは、数学者としては珍しい発想にも思えますが、これこそが彼の大きな業績の原点なのかも知れません。

 

 

まとめ

今回は岡潔さんの天才さを物語る部分に迫りました。

どれも、彼の天才ぶりをよく表していますよね。

しかしながら、筆者である私は、すべての根幹にあるのは、3番目に紹介した「情緒を大切にする」という彼の生き方だったと思います。

それが情熱の元でもあったでしょうし、病の原因にもなったのかも知れません。

しかし、それこそが欲望や損得勘定に流されることなく、数学に没頭する彼の生きざまを創り出したのではないでしょうか。

…波乱万丈な人生だったかも知れませんが、大切なことを伝えてくれている気がします。

 

 

さて、そんな岡さんの生涯を踏まえ、23日に放送されるドラマ。

タイトルは『天才を育てた女房』です。

 

タイトルを見て分かるように、岡さん自身ではなくその奥さんを主軸に、いかに天才が生まれたか、という話になるようです。そんな岡 潔さんを支え続けた妻・みちを主体に、天才的な業績が生まれてゆく軌跡を描きます。

みちは、いかに「変人」とも言われ波乱万丈の人生を歩んだ夫を支え、世界的な人物へと育て上げたのでしょうか。

きっと奥さんも素晴らしい人であり、感動的な物語になることは必至ですね。

23日の番組の放送に期待です!

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