「一澤信三郎帆布店主 一澤信三郎」時代遅れのかばんを作り続ける職人魂を見よ!

2018年5月3日の木曜日、テレビ東京系列で夜10時から放送されるカンブリア宮殿

 

ゲストは、京都市東山区に店を構える老舗かばん店一澤信三郎帆布(はんぷ)」店主の、一澤信三郎いちざわ しんざぶろう)さんです。

 


(カンブリア宮殿の公式HPより引用)

 

一澤さんは2006年に独立し、自身の名を冠した一澤信三郎帆布を設立。

 

信三郎鞄」「信三郎帆布」「一澤帆布製」の3ブランドを展開しているほか、「徹底的に時代に遅れること」を信念とし、主に帆布のカバンを中心に、自身が信頼する職人さんたちと共に、日々製造・販売に取り組んでいます。

 

そんな一澤さんのプロフィールをご紹介すると・・・

 

 

一澤さんのプロフィール

1949年、京都市東山区に男三兄弟の次男として生まれました。

ボクシングの「亀田三兄弟」ならぬ「一澤三兄弟」だった訳ですね。

 

まあ、その話は置いておくとして・・・

 

 

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幼少期から自宅が仕事場だったことから、常にミシンの音や帆布の匂いに親しむ生活を送り、学生時代から家業を手伝うこともあったそうです。

 

しかし、学業修了後は「自分の知らない外の世界へ出てみたい」との想いから、約10年間大阪の朝日新聞社に勤務。

 

その後、1980年4月に退社し家業へと戻り、1983年に4代目代表取締役社長に就任しました。

 

当時は社員わずか10数名の企業でしたが、老若男女さまざまな人が使える帆布かばんを考案。

 

また、それに伴い色数や種類も増やしたことで、約20年かけて社員も70人を超え、帆布かばんを製造直売する店として世間に認知されていきました。

 

そして、2001年に起こったとある“事件”をきっかけに、職人全員とともに「一澤信三郎帆布」を立ち上げ独立。

 

現在では、「京都に1軒しかない帆布かばんの製造直売店」として、熱烈なファンに支持されています。

 

 

一澤信三郎帆布の歴史とは

実は、一澤信三郎帆布にはその前身となった「一澤帆布」があり、一澤さんの曾祖父にあたる喜兵衛(きべえ)さんが1905年に創業したのが始まりでした。

 

その後、喜兵衛さんの息子である常次郎さんが2代目を継承すると、帆布を使って職人用のかばんを作るようになったほか、「1000円で家が建つ」と言われた昭和の初めごろに、なんとアメリカから最新型の工業用ミシンを購入

 

左官屋や大工などが使う道具入れのほか、薬屋さん、牛乳屋さん、酒屋さんなどの配達袋などを次々と作ったことから、彼が考案した一澤帆布製のかばんは世の中に急速に広まっていきました。

 

そして、信三郎さんの父である信夫さんが3代目を継承。

彼は、戦時中には海軍のかばんハンモック、戦後すぐの頃にはリュックサックを作っていたそうです。

 

なお、終戦以降は「キスリング」と呼ばれる帆布製の登山用大型ザックを制作。

これが功を奏したのか、一澤帆布は登山用品のトップブランドへと急成長

 

もちろんそれだけではなく、ナイロンなどの化学繊維が台頭してきたことで、登山用品の需要が減るやいなや、丈夫で使い勝手がよく、ファッション性にも優れた帆布かばんの制作も始めました。

 

そして、1983年に信三郎さんが4代目に就任。

 

当時の社員数はわずか10数名でしたが、「広く一般の人に向けて、使い勝手のよい、丈夫なかばんを中心に作る」をコンセプトに、老若男女さまざまな人が使える帆布かばんを考案。

 

色の数や種類も増やし、就任からの約20年で社員は70人を超え、世間から帆布かばんを製造直売するお店として世間に認知されるように。

 

創業から今年で113年目を迎えるだけに、過去には存続の危機に瀕するほどの事件に巻き込まれたことも。

 

ですが、今現在では当たり前とも言えるインターネットを使ってのオンライン販売のほか、卸売りなども行わず「徹底的に時代に遅れること」を信念に「伝統と歴史の町」京都で、日々、帆布かばんを製造し続けています。

 

 

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兄弟同士のトラブルを乗り越え 老舗かばん店が今も支持される理由に追った!

1983年の代表取締役社長就任以来、お客さんのことを第一に考え使い勝手はもちろん色の数や種類も次々と増やし、社員数も大幅に増員。

 

それに伴い、その知名度をそれまで以上にうなぎのぼりに押し上げた一澤信三郎さん。

 

ですが、そんなさなか2001年に一澤さんの父・信夫さんが死去したことで、あるトラブルが勃発したんです。

 

そのきっかけとなったのは、信夫さんが生前、弁護士さんに預けていた「遺言書」でした。

 

信夫さんが預けていた遺言書以外に、それまで商売に関わったことのなかった信太郎さん(信夫さんの長男で、一澤さんの兄)が「父から遺言状を預かっていた」と主張。

 

2通の遺言書に記載されていた事柄は完全に食い違っていたため、同年9月、一澤さんが京都地方裁判所に遺言書の無効確認を求めて提訴。

裁判沙汰となったんです。

 

それから2年後の2003年。

最高裁判所にて「偽造とまでは言いきれない」という判決が下り、一澤さんは敗訴。

その後、2004年に判決が確定しました。

 

これにより代表取締役社長の座を解任されてしまった一澤さんは、それまで自身のもとで働いていた職人全員とともに「一澤信三郎帆布」を立ち上げて独立

 

そして2009年に、一澤さんらの取締役解任を決定した株主総会決議を取り消すべく提訴した際には、会社側の主張が認められ、逆転勝訴が確定。

「一澤帆布」は信三郎さんの元に戻りました。

 

その後、2011年3月には一澤さんが「一澤帆布」のブランド復活、並びに4月6日から一澤帆布工業株式会社の店舗にて営業再開を発表。

 

「京都オンリーワン」の店として、多くの方々から絶大な支持を獲得しています。

 

 

 

さて、そんな京都オンリーワンの帆布かばん店「一澤信三郎帆布」で店主を務める一澤さんが、5月3日夜10時から放送される「カンブリア宮殿」に出演します。

 

番組では、今年で創業から113年目を迎える一澤信三郎帆布が未だに変わらず愛され続け支持を受け続ける理由に迫ります。

 

放送を見終わった後は、きっとあなたも一澤信三郎帆布のカバンが気になり思わず京都のお店まで買いに走っていること間違い無しかも!?

 

 

皆さん放送をお楽しみに!!

 

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